9月の白熱講座は、「近代日本画の流れ」の9回目です。
日本画は、お好きな方は美術館の企画展や日本画を多く収蔵している美術館に足繁くお出かけになる様ですが、私は恥ずかしながら、中尾先生講座で日本画の魅力に開眼! これまで食わず嫌いだったなぁと、見逃した数々の展覧会のことを思うとガックリです。でも、遅いということはありません。興味が湧いた時が、その始まりのタイミングですもの。
まだまだ知らない世界は、山の様にあります。例えば、絵画、美術にイメージだけで敷居の高さを感じていらっしゃる方がいらしたら、ぜひ白熱講座を体験してください。ここは自由に扉が大きく開いています。いつも大歓迎です。では中尾先生からの9月のご案内をどうぞ。
***先生からの9月ご案内***
第143回 『絵画鑑賞白熱講座』
《近代日本画の流れ》(9) 京都画壇(その3)土田麦僊と国画創作協会の設立
今回の講座では、竹内栖鳳、上村松園に続く京都画壇の次世代の若き俊英たちが新しい日本画の表現に挑戦した様子をご紹介します。時代的には明治末期から昭和初期にあたります。
この頃東京では1913(大正2)年に岡倉天心が亡くなった後を受けて、翌年には横山大観と下村観山らが中心となって日本美術院を再興し、官設展である文展に対抗していました。
一方、京都画壇の大御所であった竹内栖鳳門下は文展でも一大勢力を成していましたが、若手を中心に文展の閉鎖的な審査に対する不満は燻り続けていました。その不満が最高潮に達した1918(大正7)年、土田麦僊、村上華岳、小野竹喬、榊原紫峰、野長瀬晩花の五人は「創作の自由」を掲げて国画創作協会を設立します。
すでに大観ら院展が抜けていた文展の日本画の強力な地盤となっていた京都画壇からも反文展の狼煙が上がったことになります。そして五人の同人を中心とした京都の若手画家たちは、在来の日本画の近代化を目指した意欲的な作品を発表していきます。
土田麦僊の代表作を中心に、彼らがどのようにゴーギャンやセザンヌなどのポスト印象派の美学を取り入れ、日本画の革新を目指したのかを具体的に見ていきたいと思います。

土田麦僊 海女 1913年 右隻(部分)
京都国立近代美術館

土田麦僊 湯女(右隻) 1918年
東京国立近代美術館
※重要文化財

土田麦僊 舞妓林泉 1924年
東京国立近代美術館

土田麦僊 大原女 1927年
京都国立近代美術館
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※ この講座は絵の知識を競うものではありません。絵を見る力が自然に身につく楽しい講座です。
※ いわゆる美術史の流れを知らなくても、その場で向き合った絵をどう感じたか、どう見るか、そしてそれをどう自分の言葉にするかを「わいわいがやがや」 の寺子屋スタイルで学びます。
※ 通史的な講座ではありませんので、いつからでも、興味のある画家の講座の時だけでも、 お気軽にご参加ください。
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中尾陽一
国際美術展プロデューサー
早稲田大学大学院修士課程終了(西洋美術史専攻)
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9月27日(日)13時〜15時 第143回これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞白熱講座
《近代日本画の流れ》(9) 京都画壇(その3)土田麦僊と国画創作協会の設立
|講師|中尾陽一
|会場|プロトマニア と オンラインzoom
|参加費|6,600円(税込) 8,800円(税込テキスト付き)
・オンライン 3,300円(税込 聴く+チャット)
・テキスト2,200円(税込)