中尾先生の美術鑑賞白熱講座、今月はジャクソン・ポロックです。先生からのご案内文をどうぞ〜
第65回《〜これまで誰も教えてくれなかった〜『絵画鑑賞白熱講座』》
戦後美術、《抽象表現主義》のNo.1スター悲劇の英雄 ジャクソン・ポロック
前回鑑賞したモンドリアンやマレーヴィッチの抽象絵画いかがでしたか?
グリッドと呼ばれる黒の垂直線と水平線で仕切られた画面に、赤・青・黄の三原色と黒と白という非色のみを厳格に配置したモンドリアンの《新造形主義》による抽象画、《絶対主義》の名のもとに白いカンヴァスに黒の正方形を描き、さらには白いカンヴァスに白の正方形を描いたマレーヴィチ、彼らの作品を見ると抽象絵画への道も極北に到達した感があります。
前回の講座でも、抽象絵画への道程はこの二人の抽象絵画で終わったのではないかと感じた方が多かったようです。
確かに、白地に白の正方形の先にはもう行きようがない気がしますね!
あるとしたら、マルセル・デュシャンが磁器製の男性用小便器に《泉》というタイトルをつけて作品としたレディ・メイドの顰にならって、画材屋で買った張りキャンヴァスを《傑作》という題名で作品にするくらいでしょうか・・・?
それは冗談として、実はまだまだ抽象画の道は続いていました。
それもスケールの大きい、とっても豊穣な世界が開けていたのです!
第二次世界大戦後のアメリカが生んだ《抽象表現主義》の絵画です!
モンドリアンやマレーヴィッチの理知的で幾何学的な抽象絵画は《冷たい抽象》と呼ばれますが、戦後アメリカの抽象表現主義は《熱い抽象》と呼ばれています。
抽象でありながら、人間の内面の激しい感情、祈り、人間存在の根源、行動などを画面に定着させるというまったく新しい抽象表現です。
この抽象表現主義の最初で最大のスターとなったのが、ジャクソン・ポロック(1912 – 1956)です。
彼は巨大なキャンヴァスを床に広げて、そのまわりを(時にはキャンヴァスの上を)激しく往来しながら絵具《ドリッピング》という技法で有名ですが、この技法でできあがった画面は、彼の《描くという行為》の記録でもあり、絵具が複雑に重なり合ったマチエール(画肌)の画面は、自然に依拠したイメージによってではなく、その濃密な画面そのものから生命が誕生してくるような根源的な衝撃を見るものに与えます。
ポロックが戦後アメリカ美術最大のスターとなったのには、彼のこのような作品の力だけでなく、アルコール依存症に悩まされたあげく、制作にも行き詰まり、若い愛人と友人を巻き添えにした自動車事故により、44歳の若さでなくなったという伝説的な生涯も寄与しています。
また、ポロックがスターになれたのは彼の妻でやはり抽象表現主義の画家リー・クラズナー(1908 – 1984)のひたむきな支えがあったからでもあり、彼を高く評価することで自らも著名な美術批評家としての階段を駆け上がったクレメント・グリーンバーグがいたからでもあります。
そんなポロックの伝説の生涯は、2000年に制作された《ポロック2人だけのアトリエ》という映画にもなりました。エド・ハリスが監督・主演でクラズナーを演じたマーシャ・ゲイ・ハーデンはアカデミー助演女優賞を受賞しています。(映画の中でクラズナーと出会った時のポロックはかなり年かさの風貌ですが、実際には29歳の若者でした。とは言え、実際のポロックも禿頭で異常なくらい老けて見えるのでこの映画に違和感があるというわけではないのですが・・・そこは押さえておいた方がいいかも知れませんね)
次回10月27日の講座では、それまでの絵画の概念を変えたポロックの激しい画面から伝わってくるものとは何かをみなさんと話し合いながら、彼の伝説と実像の世界も味わいたいと思います。
《インディアン・レッドの地の壁画》1950年 244x183cm テヘラン現代美術館
*何を感じるか? どう感じたか? を言葉にしてみる〜
中尾陽一主宰 『これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞白熱講座〜』
「戦後美術、《抽象表現主義》のNo.1スター悲劇の英雄 ジャクソン・ポロック」
2019年10月27日(日)13時から15時30分
お申し込みは、こちらからどうぞ→