
東京は葉桜になって来ました。桜のトンネルの下は、春の光で夢の中のようです。今月から中尾先生のアートレクチャー、講座が2つになります。
新ビジネスパーソン講座は、お申し込みを受け付中。この機会に、日々の暮らしとアートをぜひ繋いでください。「わたし、ビジネスパーソンじゃないから・・・」というお声を聞きましたが、そこはどうぞお気になさらずに。この講座は、アートを美味しく料理してちゃんと味わう3回連続講座。私見ですが、早い方では1クール終わったところで、前とは一味違う自分になっていることを体験できるはず。「理由のいらない自信が身につくレクチャー」だと思っています。お申し込みは、こちらからどうぞ→
さて〜、今月の中尾流白熱講座は、ロココの画家、ジャン・シメオン・シャルダンです。とにかく絵がとても綺麗で巧い!見ていて心地よい絵。先生からのご案内文をどうぞ〜
第59回《〜これまで誰も教えてくれなかった〜『絵画鑑賞白熱講座』》
ロココ時代、静けさの巨匠: ジャン・シメオン・シャルダン
前回のモランディでは参加者のみなさんから、さまざまな見方、感想、意見が噴出して、大変楽しい日曜の午後となりました。一見単調で、なんのための繰り返しなの?と思いかねないモランディの絵画ですが、じっと見ていると必ず我々の感性に沁みてくる、その親和力はさすがに巨匠の名に恥じないものだと、あらためて痛感しました。
次回とりあげるシャルダン(1699〜1779 )は、そのモランディがシンパシーを感じていた数少ない画家のひとりです。シャルダンは時代的にはロココの画家です。ロココという時代はブーシェに代表されるように、荘厳華麗なバロックの反動でちょっと軽佻浮薄で快楽主義的なイメージですよね。そんなロココ趣味は謹厳実直なモランディの趣味ではないと思いませんか?
たしかにシャルダンは美術史的にはロココの画家ですが、彼が描いたのは静物と庶民の生活、ロココ趣味には合わないものばかりです。それでいて、ロココを代表する画家のひとりに数えられるという稀有な存在なんですね。激動の20世紀美術の中で、時代に背を向けてアトリエにある静物との対話で深い造詣世界を切り開いたモランディと似ています。
シャルダンの名は日本ではあまり知られていません。2012年に三菱一号館美術館で開催されたシャルダン展が日本初の個展でした。この時のサブタイトルが「静寂の巨匠」。モランディも「静謐の画家」と呼ばれたりしますから、共通項は多いようです。
ちなみに、モランディはシャルダンのことを「トロンプ・ルイユの効果にまったく依存しない画家」だと評しています。トロンプ・ルイユというのはだまし絵のことです。さて、この言葉の意味するところは?
次回は、このモランディの言葉からシャルダンの「静寂」の世界にわけいってみたいと思います。
1763年 白い瓶に活けた花
1760年 煙草入れのある静物
1733年頃 銅の貯水器
中尾陽一先生とアートの喜びをご一緒に。