昨夜、政治哲学のマイケル・サンデル教授の白熱教室を観ました。
以前、インドで起こった女子学生のレイプ事件をテーマにインドでの議論。
サンデル教授がどこの国でも問いかけるのが「市場原理主義」と「人としての正義」との葛藤。
そしてインドでの議論では、事件の背景にある男尊女卑について意見が交わされました。
レイプは他の犯罪よりも重く罰せられるべきか?
女性は男性よりも体力的に弱いから守らなくてはならない、という女性。
その発想は逆差別で、女性に体するレイプを一般の犯罪と区別したら女性自ら自分が弱い存在と認めることになるという女性。
女性も男性も人間である点で同等というのは理想であって、
現実的にはまず女性を守りながらインド社会における女性に対する意識を変えることが先決という女性。
二極の世界にはもれなく葛藤や矛盾があります。
男と女、陰と陽、光と影…
ダイバーシティー、多様性 。
違いを認め合い受け入れて補い合って共に生きる。
人間は実際、平等ではありませんが、違うものを怖れず、無視せず、排除せずになんとかやっていきたいものです。
では、自分自身で全体的である、とはどういうことでしょうか。
それは、狭量で限界のある考え方に片寄らず、あらゆるものを受け容れ、自分の中に取り入れる気持ちを持っている、ということです。
言いかえれば、ポジティブな面に焦点をあてれば、必ず、同時にネガティブな面を作り出している、ということを知っているということです。
何かが分かった時には、それ以外のことについて自分は無知であるということを認める、ということです。
神聖な使命感を持ったならば、その裏側の罪と共に生き、その責任を受け入れてゆくということなのです。
「なまけ者のさとり方」 タデウス・ゴラス著 より
