若い友だちが、
あぁ時間は一方方向でやっぱり無限じゃなかったと身体で気がつきました。
頭で無限と理解しても、腑に落ちるのとでは違いますね。
とメッセージをくれました。
自分よりずっとずっと若いひとから、「小さなところに老いを感じでこんなことに気づいた」と言われたら
私としてはちょっと微笑ましくもあり、誰もがこうして一つずつ出会っていくんだなと小さく頷く。
身体は確実に機能が落ちていくわけで、そのスケールで言うと確かに時間は一方方向へ進んでいるのでしょう。
でも、本当はまだ知らない別のスケールがあるだろうと思います。
世界の彼方には、いえ知っていると思っているここでだって、
私たちが知らないことが山ほどあって、簡単に常識や概念なんて吹っ飛んで木っ端微塵!
だから何が本当かなんてわからない。時間だってないかもしれないよ。
でも初めて出会う驚きには大いに驚き、大いに慌て、さっさと流さないでそれをよくよく見ておくことっていいことだと思います。
ここでの流儀を学んだ上で、” アタリマエ ” のち ” コッパミジン! ” は痛快。
今朝テレビで、江戸琳派の鈴木其一の朝顔図屏風だったか夏秋渓流図だったか、
美術評論家の山下裕二さんが其一の絵について話していたのです、
デザイン的で計算された琳派の美を受け継ぎながらも、彼の絵はクレイジーだと。
そのクレイジーさは、ここまでやっちゃいますか?!というほどクドかったり、斬新で奔放。
其一は酒井抱一の弟子で、抱一が亡くなるまでちゃんとお師匠さんの画風に沿った粋で抑えた隙のない絵を描いていたそうです。
師匠の死の後、其一は自分の絵を描き始めるのです。堰を切ったように自由で斬新、クレイジーな絵の誕生。
クレイジーゆえに異端視され、評価されるのは後になってからだったようですが。
クレイジーって素敵。
ほら、あなたの目の奥にもクレイジーがキラリと光っているかも。
” ならず者よ
どうして目を覚まさないんだい
君は柵の上にいるね
ずいぶんとながい間
なんて頑固なんだ
君には君の理由があるのだろうけど
君が楽しんでやっていることは
君を傷つけることもあるよ
ダイヤのクイーンは引くなよ
彼女は君を打ち負かすぜ
ハートのクイーンが一番いいって知っているだろ
何が君にとって一番かわかるよ
それはテーブルの上に並んでいるものさ
でも君は手に入れられないものばかりを欲しがるね
ならず者よ
君は若返っているわけじゃない
君の痛み、君の飢え
それらは君に懐かしい場所を思い出させているだろう
自由、あぁ、自由
人々が賛美する自由
君はその言葉に囚われて歩き続けている
この世界をひとりぼっちで
冬の寒さを君の足は感じているかい?
空には太陽がなく、雪も降っていない
今が昼なのか夜なのかもわからない
君は感情の起伏をなくしている
感情がなくなっているなんておかしいだろう
ならず者よ
どうして目を覚まさないんだい
柵からおりてこいよ
心を開いて
そこは雨が降っているかもしれないけど
君の上には虹がかかるさ
君はだれかに愛されるべきだよ
君はだれかに愛されるべきだよ
手遅れになるまえに ”
Desperado 和訳より
