蒼天

lady polo2

昔むかし、大の仲良しだった友は日本国籍ではなかったので、

子どもの頃からいじめられたり差別されたりした経験がいろいろあって、結構な苦労人でした。

なかなかの毒舌家でありますが、いつも面白いことを見つけては笑って(嘲笑っていたのか???)貧乏ながら愉快に暮らしていました。

 

その人がよく言っていたのですが、

 

「みんな、悪自慢、病気自慢、不幸自慢、大好き」

 

つまり、オジサンたちはお酒を飲んではしばしば「俺は若い頃悪だったんだ〜」と必要以上に自分をワルに脚色して自慢する。

または、「あっちもこっちも病気」「私はもっとこっちが痛い」と競うように悪いところ、不幸せをネタにアピールする。

などなど。

言われてみると確かにそういう場面は多い。

本当のワルや本当に病気を抱えている人はそんなことを言っている暇はないでしょうけれど。

 

私はこの数年、かなりヴァラエティーに富んだ方たちに出会いましたが、話を聴けば聴くほど、人生まるで映画みたいだと思います。

出会った人たちの人生は、おそらく誇張抜きにものすごく酷い目や不当な目にあっていたり、ウソでしょう??と言いたくなるような波瀾万丈。

それはそれはまさに、事実は小説よりも奇なり、でした。

そんなストーリーを私が聴いちゃっていいんですか?  とたじろぐような話を、

笑い話みたいに話してくれる人たちの前で、私の人生なんてまぁ本当に赤子のようでありまして。

その人たちはたまたま突き抜けた人たちだったから、苦労したことを笑い飛ばしてもう気に止めてなんていませんでした。

自慢そうに話すわけではなく、悲劇の主人公や被害者になっているのでもなく。

勿論、波瀾万丈だったからこそ行き着いた、多少のことでは動じない境地なのでしょう。

途中はきっとドロドロしていただろうし、メソメソわんわん、シーンとしていたはず。

でも留まらず今に在る。

そんな人たちと出会うと、いつまでもこだわりや我に縛られているのが本当にチマチマしたことに思えます。

 

友がよく言っていました。

「例えばお金がないお金がないと言い続けると貧乏神に取り憑かれるよ。

貧乏神がついたヤツは実際のお金だけじゃなく、こっちのエネルギーや感情や時間を無駄に使わせて疲れさせるんだよ。」

…   嗚呼、せめてよそ様のエネルギーをパクパク勝手に食べちゃうようなはしたない失礼だけはしたくないものだ。

 

それぞれのストーリーは、比較できません。みんながユニーク。そしてその物差しで見たらみんなが同じ。

レクチャーの伊東先生がおっしゃる青空意識と雲意識。

今、私自身だと思い込んでいるその思考、感情、記憶などは、流れては姿を変える雲。

雲は私たちそのものではない。

雲を浮かべ広がる蒼空こそが私たちの本質であり、私たちそのもの。

だから思い違いを修正して、いつも本質である青空にリアリティを。

 

今日はプロトマニアのレクチャーです。

そんなに言うなら参加してみようかな、とふと思う方、大歓迎。

ぜひご一緒に。