是も非もなく
九段の靖国神社のまわりの桜は、もう咲き始めています。 桜の咲く頃は、なぜかサワサワと胸のあたりがうずきます。 嬉しいような哀しいような、陽気なようなしっとりするような。 季節の変化とリズムを合わせて、肉体も感情もゆらゆら … 続きを読む : 是も非もなく
九段の靖国神社のまわりの桜は、もう咲き始めています。 桜の咲く頃は、なぜかサワサワと胸のあたりがうずきます。 嬉しいような哀しいような、陽気なようなしっとりするような。 季節の変化とリズムを合わせて、肉体も感情もゆらゆら … 続きを読む : 是も非もなく
昨日は伊東充隆先生の青空禅フォーラムでした。 前々回のテキスト、菩提達磨の四聖句の導入から、 今回はフランスの哲学者ラカンによる 「鏡像的自我」 を使って、 本来の自分とは何か?に迫る! なんて書くと、ちょっと難しそうに … 続きを読む : 直指人心
ひな祭りがやってくるので、 私もお雛さまを出しました。 ふたりだけ。 子どもの頃、おひな様で遊んじゃったので、髪はボサボサ、冠は壊れています(笑) ぷくぷくのほっぺた。 二頭身! 子ども雛だからかな??? … 続きを読む : 寺子屋の春
昨日の青空禅フォーラムでは、伊東先生から禅のお話を伺いました。 私たちは全てそのままで仏性である。 つまりお釈迦様と同じく、悟った状態なのである。 悟り、っていうのは、あるがままの本質を知りそ … 続きを読む : 青空と悟りと在り方
賢者は目的を求めて努力しない 愚者は目的を求めるために己を縛る というのを、いつだったかむかしむかし、 夜どこかを散歩しながらソフトクリームをなめながら初めて聞いた。 たいてい人 … 続きを読む : 自由あれこれそれ
思い返すと、初めて座禅らしきことをしたのは高校生の時。 それもカソリック教会の中で! というのも、学校で吉祥寺の教会へ行って神父様のお話を聴くことがあったのですが、 その時に、忘れもしない、後藤神父 が教 … 続きを読む : 〜と〜のあいだ
もし心眼が眠らなければ すべての夢は自然に止む 心が分別をしなければ 万法は一なるものとしてあるがままに在る この深淵な神秘を理解すれば すべてのもつれは解きほどかれる 千差万別の存在が平等に … 続きを読む : 大いなる道は難しくない
友だちから聴いたはなし。 私たちが見逃してしまうほどわずかな段差のある場所で、1歳半くらいの男の子の様子。 その子どもは私たちには平坦に感じるほど微妙な段差の際で立ち止まり、おそるおそる慎重にそっと足を下ろす。 降りては … 続きを読む : まっさら