【募集】12/22(日)*第122回絵画観賞白熱講座 『日本洋画の流れと俊英たち 大正の洋画(3) 夭折の天才 村山槐多と関根正二』

さて、2024年最後の中尾先生の絵画鑑賞白熱講座は、大正の洋画、夭折のふたりの画家がテーマです。

日本の洋画を取り上げる講座はなかなか出会えないので、この機会にぜひどうぞ。

先生のご案内はこちら・・・

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第122回 大正の洋画(3)

これまで大正の洋画(1)では雑誌《白樺》が積極的に紹介した印象派以後の新しい芸術に影響を受けた若き芸術家たち、岸田劉生や萬鉄五郎らによる在野での活躍を、(2)では文部省が主催する旧態依然とした文展にあって、ひとり新傾向の絵画を追求し続けた中村彝の芸術をご紹介してきました。


今回はともに大正8(1919)年に22歳と20歳という若さで亡くなった、日本近代絵画史上忘れることのできない《夭折の天才画家》、村山槐多と関根正二をご紹介します。


村山槐多は京都で過ごした少年時代からボードレールやランボーの作品を読みふけり、詩作もよくしました。従兄弟の画家・山本鼎の影響で絵画に目覚め、1914年に上京し、10代で院展や二科展に作品を発表し受賞もします。一方、貧しさや失恋による心の痛みなどを抱えたデカダンな生活を送り、1919年スペイン風邪にかかり22歳で自殺同然の最後をとげます。

尿(いばり)する裸僧 1915年 

長野県立美術館

村山槐多 バラと少女 1917年 

国立近代美術館

関根正二は東京深川の小学校卒業後、同級生だった伊東深水の紹介で東京印刷株式会社に就職し、そこで知り合った人物の影響でオスカー・ワイルドの耽美的な思想に傾倒していきます。ほぼ独学で絵画を学び、16歳の時に描いた《死を思う日》が第2回二科展に入選、第5回展では現在重要文化財に指定されている《信仰の悲しみ》が樗牛賞に選ばれました。しかし、この頃より心身ともに衰弱し、1919年結核により死去します。20歳2ヶ月の若さでした。

関根正二 子ども 1919年 

アーティゾン美術館

関根正二 信仰の悲しみ 1918年 

大原美術館

大正デモクラシーによる自我の目覚めを体当たりで実践し、身を焼きつくして早逝した二人の天才画家の世界を対話型で鑑賞しましょう!

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◾️12月22日(日)13時〜15時 第122回これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞白熱講座  

日本洋画の流れと俊英たち 大正の洋画(3) 夭折の天才 村山槐多と関根正二

|講師|中尾陽一

|会場|プロトマニアとオンラインzoom

|参加費|5,500円(税込)/7,700円(税込テキスト付き)

*ほか、オンラインは2,200円(税込・視聴とチャットのみ)あり。

お申し込みはこちらから→