人は自分が何なのかを知りたいと願います。彼は自分の周りに動物や物を見、それからこう言われます。
「あなたは牛ではない。馬でもない。木でもない。これでもなければあれでもない…」と。
もしその人がまだ「あなたは私が何なのか伝えていない」と言うなら、その答えは、「あなたは人間ではないとは言われていない」となるでしょう。彼は自分が人間だということを自分自身で探し出さなければならなりません。
それゆえ自分が何なのかは、あなたが自分自身で探し出さなければならないのです。
あなたは、「あなたはこの身体ではなく心でもない。知性でもなければ自我でもない。あなたに考えられるものは何であれあなたではない。
真のあなたが何なのかを見いだしなさい」と言われました。
沈黙は、「質問者自身が見いだされるべき真我である」ということを示していたのです。
スワヤンヴァラでは、乙女は一人ひとりの男性に「いいえ」と言い続けますが、ハートが選んだ人の前に来たとき、
彼女はうつむいてただ沈黙するのです。
*スワヤンヴァラ:適齢期になったクシャトリヤの娘あるいは王女が、公の場に集まった求婚者の中から自分の花婿となるにふさわしい男性を選ぶという古代インドの習わし。
ラマナ・マハルシとの対話 第五章 1939年 より
