プロトマニアの荒川陽子です。今日は私のつぶやき。
私たちは、子どもの頃から何かになろうと夢見て来たし、将来何になリたい?と何度も問われてワクワクしながら答えて来たけれど、大人になるにつれ、それはいつの間にか「何者かにならねば」に変化して、希望と言うよりは重くのしかかって、自分を無意識に縛っていたかもしれません。人として、何かになることが最重要とされるような価値観を、知らないうちに一番上にして、自分で自分をジャッジしているような気がします。
私もそうやって若い頃から、こんな仕事をして、こんな人になりたいと思って試行錯誤しながら、自分なりにがんばっていました。何かになることは、今の私ではない私を将来に設定するから、遠くに向かっています。そしてその過程で余計に「まだそうなっていない」「そうならねばならん!」と、誰もダメとは言っていないのに、自分にダメ出しをしたみたい。
でも、何かになるよりも、今そうであることに、ただゆっくりと馴染んでみたらどうかなと、最近、よく思うようになりました。
大きい人は大きいことに、小さい人は小さいことに、ただ浸ってみる。
なることよりもずっとシンプルで自分に優しいのは、そうあることにじっとしてみることです。
何かになろうとすることは、獲得、前進、発展につながるので、生存本能とすればそれも必要です。でも、たまにはなろうとせずに、そうあることをじっくり体験する。もしかするとそのことで、その先へのエネルギーが充ちるかもしれません。
もしなろうとする過程がちょっと苦しかったとしても、そうすることが楽しければ、それでいいんです。でも、やってもやっても満たされないような気がしたら、なろうとせずにあってみるのがいいなと思います。
プロトマニアをここまでやって来て、プロトマニアは峠の茶屋のように、誰かがふとひと休みして、その先また元気を出して進めたり、行く方向を確認したり、時には軌道修正するきっかけになればいいなぁと思います。大切に思っているのは、何かを得ることだけではなくて、体験したそのあとの化学反応みたいなものかな〜と感じる今日この頃であります。
二サルガダッタ マハラジが、
ただ在りなさい!
と言ったとうりですね♪
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うん、ほんとにね。お言葉の間からリラックスした気持ちよさが伝わって来ました〜♪
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becomingからbeingですね
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ですね〜。本質的にそうですね。
日常世界の心理に、何者かでなくてはいけないという強迫観念がありますよね〜。でも、本当は何者でなくたっていいんですよね。他者がどう言おうとどう見ようと、自分が感じていること、そうあることにフタをしないことは、全てありの本質的に大事だなぁと思います。
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確かに、そうであること、には逆らえませんよね。
前は、なんでもないものになりたい、という思いがありました。でも、それさえも必要ではないと思いました。いつだって、ただ、そのまんまにあるだけだから。
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