抽象絵画への道〜中尾先生と

まだまだ暑い日が続く東京は、今朝は大雨だったのにお昼前にはとってもきれいな空色の晴天で、またまた暑い一日でした。

さて、10月になりましたが、9月の中尾先生アートレクチャー『抽象絵画への道・モンドリアンとマレーヴィチ』のこと。

 

「抽象ってどういうものだと思いますか?」

→考えなくちゃいけないから、ちょっと疲れる

→削ぎ落としたもの

→自由な感じ

・・・参加者の皆さんの印象がさまざまな言葉になりました。抽象画は、文字どおり、

抽出したエッセンスを描くから抽象画。

 

ちょっと難しそうなイメージですが、中尾先生は、これまで中尾流でも取り上げた画家たちの言葉から、抽象絵画への道を道案内してくれました。

1840年生まれのモネには「私は小鳥が歌うように絵を描く」という言葉が残っています。それは自発的、自然に、頭で描くのではなく感覚で描くということ。

セザンヌは、「モネは一つの眼にすぎない。だが、それはなんと素晴らしい眼だろう」と言って、素晴らしくはあるものの、モネは見たままを描いているだけだと評し、「自然を球体、円錐形、円筒形で扱うこと」つまり、シンプルに本質を見よ、と促しました。

ゴーギャンは、「あまり忠実に自然を模写してはいけない。芸術は一つの抽象なのだ。自然を前にして夢見ることにより、自然から抽象を引き出したまえ」。

ピカソに至っては、「人はみな絵画を理解しようとする。では、なぜ人は小鳥の歌を理解しようとはしないのか?」・・・つまり絵画においては、理解しようとすることは二の次だ、という態度でした。

こうして絵画表現は、近代の画家たちによるさまざまな思想と技法を経て、抽象へと向かうのです。

 

そこから中尾先生は、代表的な画家、オランダのモンドリアンとウクライナ出身のマレーヴィチを取り上げます。

「これはモンドリアンの代表作です。」・・・

『赤・青・黄のコンポジション』1930年制作

・・・

「先生、これは何か対象を見て描いたものですか?」という質問がさっそく出ました。

・・・皆さんは、どう思われますか? 画家モンドリアンは何かを見ながらそれを単純化したり、記号化してこの絵を描いたのでしょうか?? ただ単純に色を並べただけでしょうか?・・・じっとこの絵を見てしばし考えてみてくださいね。(ひとまず先生の答えは後にしましょう・・・)

先生からはモンドリアンがアムステルダム美術大学に入学してから、神智学に関心を持ったこと、キュビズムの作品に感動してパリへ行き、対象を平面的、幾何学的な形に還元することに取り組み、さらにその先へと向かい、すべての形態を離れて純粋にリアリティを表現するために極限まで単純化することで抽象画に至り、この作品が生まれたことなどが話されました。

モンドリアンはパリの後、第二次世界大戦の戦禍を避けてロンドン、ニューヨークと移り住みます。そして、かの地で生まれたのが最高傑作と言われる、こちら。

1943年制作の「ブロードウェイ・ブギウギ」でした。

この作品の方が最初のコンポジションより、少し動きを感じるし、想像の余地がありますね〜

 

それからもう一人、抽象絵画の究極まで行った画家、マレーヴィチ。

『黒の正方形』1915年制作

真っ黒。(!)(笑)

1879年にキエフ近郊で生まれたマレーヴィチ。最初は具象画を描いていましたが(画家はほぼ全員、最初は具象画ですけれど)、時代の潮流とともにロシア未来派を経て、1915年頃には、シュプレマディスム(絶対主義)に至ります。絶対主義とは、具体的な対象には全くとらわれず、精神と空間の絶対自由を表現するというもの。わかったようなわからないような??? いえ、やっぱりよくわからない・・・(笑)

「感じたことをものを通さずに、”感じ”だけを描くと、真っ黒だけが描かれる、ということですね」

と中尾先生から助け舟が出ました。全く対象なしに、意味を徹底的に排除すると、感覚だけが残り、存在の感覚「在る」感じが残るという精神・空間の絶対的自由。ちょっと難しいけれど、禅に通じるような究極です。

マレーヴィチはそこまで行って、また具象画へと戻って行きます。

晩年描いた自画像。(お帰り、マレーヴィチ!)

『白の上の「白の正方形」』 1918年

色と形をここまで追求すると抽象は終わってしまう、そして美術の流れは戦後の現代美術へと続くのだそうです。

 

抽象画というと、なんとなくよくわからないし、なんとなくわかったつもりでもあるので、こうやって中尾先生と一緒に「抽象画への道」を辿ってみるのは、とても面白かった。ピカソが言うように、理解することが最重要事項ではないけれど、知識と情報を整理しながら感じることを大切に美術の世界へとナビゲートしてくれる中尾先生は貴重な存在だと、あらためて感じました。

さて、最後に先ほどの「モンドリアンは対象を見て描いたのか?」への先生の回答ですが、結論としては、何かのモチーフを見て描いたのではないだろう・・・というお答え。

実は、レクチャーの流れの中で特に答えが明らかになったわけではなかったのです。後日、そこがもっと知りたいという参加者からの質問メールをいただき、私が先生にお伝えすると、先生からとても丁寧な説明が届きました。そこで内容を参加者の皆さんにもメールでお送りして、共有していただきました。

中尾先生の素敵なところは、こうしていつでもどんな疑問にも丁寧に応えて下さるところ。わからないことをわかるようにしてあげようという先生的な態度からというより、先生は同じ美術を愛し、興味をもつもの同士として惜しみなく応えてくれます。そんな先生だから白熱講座は魅力的で皆さんが続けて参加して下さるのだと思いました。先生のメールの最後にあった言葉を書いておこう〜っと♪

 

最後は好きか嫌いかが鑑賞の出発であり帰着点です。 

by 中尾先生

 

次回の中尾流は、抽象表現主義のジャクソン・ポロックです。

 

2019年10月27日(日)開催

第65回これまで誰も教えてくれなかった〜絵画鑑賞白熱講座『ジャクソン・ポロック』

 

ぜひご一緒しましょう。

 

 

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