伊東先生と真夏の青空禅塾〜笑ワラ笑ワラと。

 

8月のプロトマニアの始まりは、伊東先生と青空禅塾でした。

今月は、音なし、誘導なしの座禅を約40分。外側に向いていたり、考えることでくるくる働いている思考、暑さや疲れで上がったままの気が、静かに吐いて吸って、吐いて吸って、呼吸と共に静かになっていく・・・

座禅は気持ちいいですね。あまり得意じゃなかった私も最近は習慣になりましたよ〜

そして、いつものように参加者からの質問と先生との対話が始まりました。

この対話ということ、自分が感じること、考えることを言葉にして伝えるというのは、なかなか難しいことですよね。得手不得手があって、私も実際、人前で話すのは苦手です。

でもプロトマニアの講座、中尾陽一先生のアートレクチャーでも、この伊東先生の青空禅塾でも、対話・ダイアローグが柱、キモ!なんですね。

感じてみる。

言葉にする。

この二つが先生たちの講座に共通していることではないかと思います。そして、どちらの講座でも最終的には、

 

言葉を  手  放  し  て  い  く   

 

のがだいじなコツであり、本意なのです。

8月の青空禅塾で、参加者の方たちが先生と話しているのを聞きながら、この対話の力を改めて感じました。

感じたことやあったことを、上手に言葉で伝えられる? 言葉にできないもどかしさ。あります、あります(笑)。でも、上手に伝えることより、伝えようと試行錯誤すること自体がすでに先生や聞き入る人たちとの対話。

最初は言葉を掴みながら、カタチにならない内面の風景をひとまず言葉に置き換えて伝える。すると先生がその風景の奥にあるエネルギー(動き)を捉えながら、また表層にある言葉という道具を使ってその風景を描写する・・・対話を繰り返していると、隠れていた風景の中のカタチが現れたり、ぴょんぴょんする兎が見えたりします。

では伝えようとして話しているか、モノローグのまま話しているか? それによって、風景が全く変わるんですね。どんなに時間がかかっても、どんなに言葉が出てこなくても、なんとか伝えようとするそのダイアローグへのエネルギーはダイアローグを成立させるけど、誰かに伝えているようで一人で話しているモノローグの言葉は、空間を舞っては消えていく。・・・あら、これは青空のフレームではないフィルターで見た感想かも(苦笑)

青空禅的にまとめると、言葉や表現ではなく、その動きの元にあるエネルギーこそを見ましょう、ってことかな〜そんなことを8月の青空禅塾で感じていました。

 

そして先生とのお食事会〜♪!

今回も近くの中華料理屋さんへゴー。参加者の皆さんにお店名物の辛〜い麻婆麺を食べてもらいたくてお店の人に頼んでコースに入れてもらいました。(でもちょっと辛すぎたかな、ごめんなさいね)

テーブルを丸く囲んで、先生の顔、みんなの顔、話すこと、笑い声、食べる姿(笑)・・・どれもこれも誰も彼も、青空(自己の本質)に真摯な人々の穏やかさと愛に満ちていました。(愛って言っちゃった!笑)

食事を終えて駅まで歩き、じゃあまたね〜と笑顔で手を振って帰っていくみなさんの姿は、一所懸命動いた部活後の中学生(笑)部員たちが、じゃあまた明日ねと帰っていく姿に見えて、なんとも爽やかでした。

ワラワラとそれぞれの日常へ、笑笑と・・・

 

さて次回9月は、

9月1日(日)開催 第26回青空禅塾

初めての方も大丈夫で大歓迎。ぜひご一緒しましょう。

お申し込みは、

こちらからどうぞ→

 

 

1 comment

  1. 空のお茶会に参加させていただき、ありがとうございました!
    ローゼンバーグの本に、
    気ずきを痛みや不快に向けると変容が起こります。
    鉛を金に変える錬金術のように。
    鉛が、渇望、嫌悪、迷い。
    火は、気ずき。
    金は、解脱。
    あなたは、何も変えなくて良い。
    気ずきが変容させてゆきます。
    と書いてありました。参加した後に見つけました。
    慈悲の瞑想、チベット密教、奇跡のコースなどなどいろんな話が行き交いましたけど、対話することが、
    気ずき
    をすすめる?みたいですねぇ~。

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