
私の仕事は、相手を「先生」とよぶ場面が何かと多いので先生には慣れています。が、この「先生」という言葉は、曲者なんです。無意識に相手が上で自分が下、という関係を最初に作ってしまうから。
・・・ということに気付いてから、私は意識的に、先生と呼ぶことと呼ばずにいることを使い分けてきました。もちろん相手へのリスペクトを前提に。
最近、お話ししていてとても素敵な発見を自分に与えてくれた人から、こんな風に言われました。
自分自身が言葉を見つけて,導いているんだと思いますよ。
一番の先生はやっぱり自分の中にいてるんですね〜
そういえば、ラマナさんやマハラジせんせいも、本当のグル(サンスクリット語で指導者、教師、尊敬すべき人)つまり先生は、真我のみと言っていましたね。
たまに「先生」をおちょくってみるのもよいかもしれないですね。自分だったら例えば、伊東「先生」・・・・ということは、
伊東さんっ(先輩風) 伊東くーん(同級生風)
伊東チャ〜ン(業界風) 伊東はん!(関西風) 伊東どん♪(鹿児島風)。
とかね〜(へへ) 頭の中で妄想して、ネーミングと概念をお掃除したりして。
(・・・伊東せんせい、悪気はありません〜♪ 笑って許してね〜)
なぁんて具合に、実は先生たちも先生、先生〜と言われるのが窮屈な時がたまにあるんじゃないしら。「先生」というネーミングとイメージに閉じ込めるのをお休みして、どっちでもいいよ〜くらいな感じは心地よく、互いのリスペクトがあるからこその親しみが味わえます。
さぁ、一休み一休み。これからはもっともっと先生たちと私たちが、楽しむ予感〜♪
*対話を通して盲点に出会う〜
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