自分を信頼する。

 

村瀬は当時を回想する。

「ロジャースが登場したときは、冷ややかな、見えない何かが冷たく突き刺さるような雰囲気でした。ところが、ロジャースが自分の経験をふまえて静かに語るうちに、聴衆はだんだん催眠術をかけられたように聞き入って、最後は拍手が鳴り止みませんでした。これには驚きました。

 話しているのはシンプルなことなのに、みながそうだと深い共感を覚えた。精神分析などこれまで会得した技法のアンチテーゼとして非指示的・来談者中心療法を打ち出し、たくさんの実践の中で何度も何度も確かめていったことや本質だけを語っていたからでしょう。素直に感動、というのとはちょっと違ったんですけれど、本物って何かというのがわかった経験でした。

 それなのに、日本人はその産みの苦しみや本質を理解せずに自分に都合よく解釈して、ロジャースは甘い、あたたかいと思い込んでいる。これでは安直な宗教みたいになってしまいます。実際にロジャースの講演を聞いて、それは違うんじゃないか、エモーショナルではあるけれど、非常にオブジェクティブで知的で、つまり、矛盾したものが絶妙なバランスで融合している。だからこの人はこんなふうに人を魅了するのだと思いました」

 

 

最相葉月 著『セラピスト』 第三章  日本人をカウンセリングせよ P111より抜粋